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      <title>高谷勝がお届けする建築講座</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>第3回　工事管理のはなし</title>
         <description>　建築工事の工程管理にネットワークという手法が取り入れられてずいぶん久しいのですが、この手法がしっかり根付いているようには思えません、とくに中小の小規模工事ではどうでしょうか。
　建物を造る私達の製造業は、ほかの製造業に比べて徹底的に異なる面を持っています。一つは超長期にわたる製造時間、次に戸外での製造そして第三には造る場所へ人と材料が行くということです。
　ずいぶん前から、何とかこれらの違いを解消しようと各社による多くの試みがなされてきましたが、一日に何個も造ることができたり、屋根のある工場で造って持っていったりにも、大きな限界があることを思い知らされてきました。
　こんなに長い日時を扱っていると、時間というものに麻痺してしまって、一日や半日をなんとも思わなくなる。ちょうどコスト管理で何千万円とか何億円というお金を扱っていると、一万円や十万円をなんとも思わなくなるのに似ています。つまり一時間とか半日という単位は端数になってしまい大勢に影響はないのです。
　技術者らしくないこんな大ざっぱな習慣が、一体どこから、そしてなにから生じているのかというと、そのルーツは土建業のどんぶり勘定という考え方に行き当たります。どんぶり勘定とは、無計画で粗っぽく経験と勘が支配する状態の代名詞として今でも時々でてきます。見積などの「一式」とか「出精値引」などという言葉の中に、このどんぶりの名残があります。工程管理では「朝一番」「いっぷく」とか「間に合わない」「突貫」など、どんぶり的な余韻が潜んでいるように思われます。
　それはともかくとして、この粗っぽい端数化にはもう一つの要因があるように思います。それはプロセスの軽視です。プロセス軽視というより結果重視といったほうがいいかもしれません。結果に対してだけ余りやかましく言っていると、プロセスはどうしてもおろそかになっていきます。
　少し理屈っぽくなりますが、結果というのは過程が行き着く終点なのだということを忘れてしまいます。結果重視の本来の意味は、過程をしっかりやれということですが、着工時の緊張を持続させるのは大変のようです。かなり遅れているのを間に合わせる、あの終盤での迫力は、初盤や中盤では期待できないようです。確かに緊張を持続させることは容易ではありませんが、終盤のご苦労をもう少し分散させる方法があります。
　仮に契約条件の中で、次のようになっていたらどうでしょうか。

工事期間
着工　　平成10年6月1日から
1階床　 平成10年7月15日
上棟　　平成10年11月30日
外装 　　平成11年2月20日
完成　　平成11年　3月31日 まで

さらに、これに基づいて出来高％による支払いがあり、大きく違えた時にはその回の支払いは次回に送られる、などとなっていたとしたら、会社も現場も過程を無視したりすることはできないはずです。
　あまり細かく刻むのも意味がありませんが、私はかつてある会社で、躯体の遅れが仕上工程にしわ寄せされることのないように、躯体工期を決めて、何がなんでも守ることを社内規則として実施しようとしたが、何故か自然消滅になってしまいました。確か社内的規則では弱かったのと、躯体工期を誰がどう決めるか、完了検査や未達成のときのペナルティをどうするかなど、難しい問題もあったように思います。
　右肩上がりの経済景況の中で量の拡大を追い求めてきたし、量をこなすには勿論工期も関わってきたのですが、何故か工程というプロセスには余り力を入れる暇はありませんでした。そのツケは利益や品質にも重くのしかかったはずですが、拡大する量の下では、利益へのダメージは帳消しになり、ひとえに品質が背負うことになりました。
　あと10年も経つと、このころの建物は築後20年、30年を迎えます。鉄筋コンクリートの耐用年数は60年ですが、内外装ともに60年間自信の持てる建物はどのくらいあるのでしょうか。
　ネットワークの手法は工程の計画段階で大きな威力を発揮いたします。工種を順番に拾い出して書き並べ、それぞれの日数を見積もって、非タイムスケールのパスを作成し、計算工期を求めていく過程は、やりだすと面白くてやめられません。
　ネットワークの手法が根付かないのは、こんな面白いことが味わえずに、ネットワークもどきの工程管理に明け暮れているからではないかと思います。
　時代はまさに低迷期に入り、品質が勝敗を決める時代となりました。「時は金・金は品質」といっていいと思います。品質はまさしく工程で作りこまれると云われ、ISOの意図するところとなって参りました。
　ネットワークを道具のように使いこなして、杜撰な工程のために、品質を損なうことのないように指導していくことが生き残る道の一つではないかと思います。

[ 平成10年6月の作成 ]</description>
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         <pubDate>Fri, 24 Mar 2006 12:25:52 +0900</pubDate>
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         <title>第2回　元気の出る建設業</title>
         <description>建設業が元気にならなければ日本が元気にならない。何故なら日本経済の１割が建設関連なのだからという時代があった。「建設業が元気になる」何もコンクリート形の公共工事を出せという意味ではない。建設業がやれること、いや建設業だから出来ることはいっぱいある。
　今さかんに言われている日本の森林を守る事業、海浜や山をきれいにする事業、廃棄物処理や不法投棄処理の事業、土壌汚染の処理事業、河川や湖沼の汚染処理の事業それに水害や地震、津波等自然災害を未然に防止する対策の事業。まだあるバブルのころさんざん痛めつけた国土の復旧や町のあちこちで見られるバブル倒産による立ち枯れ構造物の始末。 
更にいま日本の食料自給事情はか細い状況である。何かあったらどうなるのかは誰にも分からない。食料自給率を高めるためにも建設業がやれることはないのだろうか。もっと大きな事業ではこれだけ叫ばれている環境問題、中でも温暖化や生態系破壊を回復する事業にも建設業が参加できないか、特に環境破壊に手を貸してきたと言われる悪役イメージを、社会に貢献する善良イメージに転換する手だてはないものか。
　ここまでくると日本の建設業は最早「建設業」という名前、呼び方を変えることから始めなければならない。
　先に掲げたいろいろな事業は勿論公共性のもので国の予算で、国や自治体の先導で始められなければならないが、アイデアは建設業つまり民から出るものでなければならない。「私達はこんなことを、この価格でやりますからお金を出してください」というのでなければ対象は違っても形態はまたぞろ「箱ものコンクリート公共工事」と同じになってしまう。
　建設業は既に新規構築から修繕維持の時代に入った。国や地方の予算比率も徐々にこの方向に転じて行かざるを得ない。公共もの民間ものを問わず、既に営繕事業に軸足を移している企業もある。
　さて建設業の大転換に際して総論ばかり言っていても始まらない。かく言う私にもこれについての各論が具体的にすんなり出てくるほど世の中は甘くない。それに各論まで与えられたのでは面白くないはずである。ここは一番、社の総力を結集しまさに新しい会社を作るくらいの気持ちで取り組む必要がある。
各論へ入っていくためのヒントとなる事項を強いて挙げると次のようなことになる。
　１　建設業の概念を離れて客観的に見てみる。
　２　これらの何に興味があるか、これ以外に何かあるか考えてみる。
　３　これらの事業が現在どのように行われているか調査する。
　４　社内で専従のチームを作り研究していく。
というごくありふれたヒントとなるが、今度こそ真剣に取り組んだ企業が生き残る確率は高い。

[ 平成9年6月の作成 ]</description>
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         <pubDate>Wed, 08 Feb 2006 11:27:31 +0900</pubDate>
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         <title>第1回　初期品質のはなし</title>
         <description><![CDATA[　建物が完成した時の施工品質を初期品質と呼ぶことにすると、初期品質は建物によって全て異なると言っていい。初期品質の階級を良いものから悪いものへ10段階に分けたとすると、仕事が良くないために（やるべきことを少し省いたために）等級10のものが7になったり、でたらめな仕事で5になったりなど完成の時点で品質にばらつきが生じ、その後の劣化へのスタートラインは同じではなくなる。こんなことは品質を売り物とする製造業の製品に決してあってはならないことなのだが、建築という製造業の現場には残念ながらある。
　初期品質等級と年数を経ることによる劣化等級の関係は概念的だが次のように表すことができる。

<img src="http://kentanet.com/column/takaya/images/kouza_01_img.gif" alt="表" hspace="15">

　つまり初期品質の高いものほど長い耐用年数に到達することが出来、仕事が粗雑なものほど耐用はより短くなると考えられる。
以上のことは売買契約や商品受け渡しに際して当然問題にならなければならないが、何の疑いも持たれずに新築物件として引き渡しが行われてきた。しかし例えば築10年の建物を5億で売ろうとしたとき、修繕費が1億かかるから4億になるなどということになったとき、初期品質がどうであったかが問題にならざるを得なくなる。
　さて誰も触れたがらない建物の初期品質だが、完成時点では専門家でも分からないというやっかいな問題である。
仮に明らかに所定の品質ではないと分かっても、これがいくらの減価に相当するものかを査定する方法も基準もない。瑕疵担保期間というのがあるが、こんな複雑なものをたった2年という保証期間で片づけるには問題がある。明らかに手抜きがあった場合は例外だが、瑕疵かどうかの区別判定も困難である。
　鉄筋コンクリートの建物は古い物でかれこれ100年になろうとしている。マンションの場合、タイルや吹付、ボードやクロスで覆われた建物が風雨にさらされてようやく40数年となり、リフォームやリニューアルに関するいろいろの問題が浮かび上がってきた。例えば40年でコンクリートがこんなふうになるわけがないとか、20年でタイルがこうなるのはおかしいなど、年数を経てはじめて分かる問題である。
　建物が何年経った時どうなっていれば良いかなど基準はない。
仮に初期品質が同じでも完成した年代や場所が違うと経年劣化は厳密には異なる。一方初期品質を決めようとすると耐久性という品質だけでも工事中のチェックポイントは無数にある。このように初期品質を決めることは不可能に近く、また仮に決めたとしてもその後の経年劣化を割り出したり、修繕計画に利用したりするのも難しい。つまり初期品質等級など決めても無意味という結論になってしまいそうだ。
　しかし本当にそうだろうか。例えば同じ建物が同じ場所で同時に施工されて完成し、初期品質等級が10と5であった場合、しっかり施工された10の方がより長い耐久性を示すであろうということには誰も異論はないはずである。住宅という製品に関していえば、我が国の場合平均寿命は木造で25年、コンクリートでたかだか50年といわれている。資源や地球環境の面からも、もっと長く使えるものにする必要があり、近年100年住宅といわれている所以である。 
　アメリカでは第三者機関による常駐管理が一般的である。確かに全工期常駐でなければ無数のチェック項目には対応出来ない。多くの現場責任者の本音は原価と工期が心配で不本意ながら品質は二の次にならざるを得ない状況にある。 
　建物の品質は勿論施工だけで決まるものではないが先にも述べたように、ここで問題にするのは同一設計仕様のもとでの施工品質のことである。初期品質を数値化することは困難にしても、完成時点で施工品質にばらつきがあって、他の多くの製品に比べてそのばらつきが大きいとしたら、少しでも小さくするためのうまい管理システムを大急ぎで定めて実施していく必要がある。うまい管理システムは単なる監理強化や建設業とその現場に負担を強いる従来のやり方からは決して生まれない。

 [ 平成10年11月の作成 ]]]></description>
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         <pubDate>Fri, 27 Jan 2006 13:27:49 +0900</pubDate>
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